ちらかし読みむし

心理療法、社会学、福祉などの領域の読書録、本の紹介など、その他書きたいことを書いています。

ブリーフセラピーと催眠 『短期療法 解決の鍵』より


k-kotekote.hatenablog.com

 前回書いた記事の中で、気になっていた箇所がありました。

休憩の催眠的目的は「反応注意」(response attentiveness)――クライエントがたしかにセラピストの指示に注目する構え――をつくりやすくすることである。(Steve de Shazer(小野直広・訳)『短期療法 解決の鍵』誠信書房、p.111)

という引用文の「催眠的」というキーワードです。

Q.1 de Shazerが上で言っている「催眠的」というワードの意味は何なのか?

Q2.ブリーフセラピー(短期療法)の源流の一つに「ミルトン・エリクソン」(現代催眠の父と言われる)の名が挙げられることがあるが、解決志向アプローチとエリクソンの「催眠」はどのように関係しているのか?

 

今回の記事は、この問いについて、Steve de Shazer『短期療法 解決の鍵』から読み取れる範囲で、現時点でのわたしの理解・解釈を提示する試みです。結論だけ知りたい方は「まとめ」をご覧ください。

 

短期療法はエリクソンの原理の洗練・発達であり、催眠性を持つようにデザインされている

あらためて本をめくっていると、示唆的な箇所がいくつか見つかりました。

要するに短期療法は、エリクソンの臨床的問題の解決原理を洗練し発展させたものとみることができる。(Steve de Shazer(小野直広・訳)『短期療法 解決の鍵』誠信書房、p.14)

SFAは「解決志向ブリーフセラピー」と呼ばれることもあるように、ブリーフセラピー(短期療法)のファミリーに属します。よって、上の引用文によれば、SFAを実践するということは知らずのうちに、ミルトン・エリクソンの実践原理を踏襲していたことになります。たとえ、エリクソンの名を知らずとも。

 

また、短期療法と催眠については次のように言われていました(前回の記事の焦点となった引用文の少し前でした)。

公式のトランスを使うか使わないかにかかわらず、短期療法センターでの治療セッションは催眠性をもつようにデザインされている。(Steve de Shazer(小野直広・訳)『短期療法 解決の鍵』誠信書房、p.109)

まとめると、短期療法はエリクソンの原理の洗練・発達であり、催眠性を持つようにデザインされている、と言えます。しかし、「催眠」とは催眠の術者が、相手の眼を閉じさせ、判断力を失わせて、怪しげな言葉をかけるものでないのか? わたしはSFAを実践していてそんなことをした覚えはない。ここでいう「催眠」とは?

「催眠」とは人と人との関係

催眠法は人びとのあいだのある種の関係を記述するのに使う一つのことばである。このことばは、術者と被術者とのあいだの相互関係の一部である「注意集中」(focused attention)を記述する。まったく受け身のひとに術者がなにかをほどこすということではない。催眠法に関するこのような見方はエリクソンの方法に由来している。(Steve de Shazer(小野直広・訳)『短期療法 解決の鍵』誠信書房、pp.14-15)

「注意集中」と訳されていますが、"focused attention"とは、「焦点化された注意」とも訳することが可能でしょう。

人と人とが互いに関わり合うプロセスの中で、つまりコミュニケーションし合う中で、何かに「焦点をあて、それにじっと集中」することが起こる。そのような人と人との関係性を記述する際に「催眠法」という言葉が使われるらしい。

引用文だけでは、十分には理解することが難しいのですが、

"人が何かに「注意集中」することを伴うコミュニケーション(対人関係)”

の「意図的な活用」

「催眠法」と呼ぶ

とわたしは解することにします。重要なのは、催眠は人と人との相互関係(コミュニケーション)の一部であり、一方向的なものではないということです。あくまで「注意集中」は対人相互関係の一部として捉えられているのが興味深い。

催眠は普通の対話のように見える

そうだとするならば、以下のように言われるのもうなづけます。

 素朴な見学者なら、短期療法家とクライエントが催眠法を用いているとは見えないだろう。かれらのやりとりは、どちらかといえば普通の対話のように見えることが多いからである。(…)熟練の観察者なら、セラピストとクライエントがたがいに相手のことばを注意ぶかく聴いていることに気づくであろう。(Steve de Shazer(小野直広・訳)『短期療法 解決の鍵』誠信書房、p.15)

どうやら、短期療法における「催眠性」とは、人が見てあっと驚くパフォーマンスになるような「催眠」とはイメージが異なるようです。

 

「催眠」という言葉が「何かについての"注意集中"が起こるような人と人との関わり合いを言うもの」であると解してよいのなら、SFAで、クライエントが過去の「例外」について述べたり、「奇跡の朝」について詳細に描写できるよう、セラピストが質問を重ねることも、「催眠的」であることになるでしょう。クライエントは質問によって、何かについて注意を集中し、その注意集中はクライエントとセラピストとの相互関係の一部として生起しているからです。

 

しかし、「催眠」という言葉の意味を、上のように理解すると、SFAはおろか、日常の何気ない会話でも、催眠は起こっていることになりはしないでしょうか。たとえば、「昨日夕飯何食べたの?」と誰かに聞かれ、「なんだったっけ? あ、そうそうカレー」「辛かった?」「んーいや…あそこのカレー屋は、なんかすっぱいというか…」と、問い・答えの会話の流れの中で記憶をたどるとき、人と人との関係性のなかで「昨日食べた夕飯」に「注意集中」することが生じているのですから、これも一種の催眠的な現象ということになるのではないでしょうか。そうすると、人はみな、無自覚なだけの催眠術師です。催眠的な現象は日常で無自覚に起こることであっても、それを意図的に活用するから、「催眠法」と「法」がつくのではないでしょうか。

「休憩」に「催眠的」目的があるということの意味

そうすると、冒頭の引用文の意味も腑に落ちてきます。

休憩の催眠的目的は「反応注意」(response attentiveness)――クライエントがたしかにセラピストの指示に注目する構え――をつくりやすくすることである。(Steve de Shazer(小野直広・訳)『短期療法 解決の鍵』誠信書房、p.111)

なるほど、「休憩」は、フィードバック・メッセージに注意集中するような、対人関係的状況を作る工夫であるわけですね。そして、セラピストが何かを語り、クライエントがそれに「注意集中」しているような「相互関係」が生ずるようにするから、「催眠性をもつようにデザインされている」という言い方になるわけですね。休憩は「催眠性をもつデザイン」の一例であるわけです。

まとめ

de Shazerの『短期療法 解決の鍵』を読みつつ、

Q.1 de Shazerが上で言っている「催眠的」というワードの意味は何なのか?
Q2.ブリーフセラピー(短期療法)の源流の一つに「ミルトン・エリクソン」(現代催眠の父と言われる)の名が挙げられることがあるが、解決志向アプローチとエリクソンの「催眠」はどのように関係しているのか?

について考え、理解・解釈を整理しました。

  1. 人と人が関わり合う中で、その相互関係の一部として「注意集中」がおこるようなコミュニケーションを「催眠的」と記述する
  2. SFA(短期療法)はもちろん、日常会話でも催眠的な会話は起こる。それは、派手なパフォーマンスになるような劇的なものとは限らない
  3. "人が何かに「注意集中」することを伴うコミュニケーション(対人関係)”の「意図的な活用」を「催眠法」と呼ぶ
  4. SFA(短期療法)では「催眠的」な相互関係(セラピストとクライエントとの)を意図的に活用する
 
 短期療法解決の鍵 作者: スティーヴド・シェーザー,Steve de Shazer,小野直広